出塁したらすかさずセカンドを狙え 〔後編〕

【VOICEs -社内インタビュー】 Glabio, Inc. のPresident & CEOを努める栗原傑享の挑戦の背景にある思いに迫るインタビュー記事「出塁したらすかさずセカンドを狙え 〔前編〕」の後編です。

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とにかく出塁そして次

出塁したらすかさずセカンドを狙え 〔前編〕からの続き

先日たまたま日本への一時帰国中、グルージェント 代表取締役CEOの鈴木都木丸と飲んでいる折に、少年野球を描いたあるマンガ(少年サンデー連載の「MAJOR 2nd」)のワンシーンが真実を突いていると話題になりました。始めたばかりの野球の試合で嬉しいヒットを打ってファーストランナーとなった主人公が、相手の暴投という"好機"にも関わらずファーストにとどまり進塁チャンスをみすみす潰してしまったという話です。主人公は以前の失敗を踏まえて今回こそはアウトにならないように良かれと信じて走らなかったのですが、その走塁をメンバーから「野球センスが無い」と非難されてしまいます。この場面、少年達の間での論点は技術的に上手か下手かに終始してしまいますが、議論の輪の外にいた監督は「少年野球では常に積極プレーでOK」と言います。少年野球はプロの試合とは違って互いに下手くそ同士のゲームですからエラーばかりで常に何が起きるかわからない。何が起きるかわからない中ではミスを恐れない積極姿勢の方が結果論として成果が出やすいと言うのです。

事業創造においても、ほぼ同じことが言えると思います。ビジネスの世界は野球以上にプレイヤーのレベルはマチマチ、毎日どこかでエラーの連続といっても過言ではありません。次の場面でどんなチャンスがあり、どんなトラブルがあるか全くわからない。そんな中、1,000あるビジネスアイディアから世の中で本当に事業として成立するのはたかだか3つくらい、と言われます。言い換えると、997は失敗している。自分だけでなくすべてにおいて失敗することのほうが圧倒的に多いのですから一喜一憂せず、フォアボールでもデッドボールでも、形にこだわらずとにかく出塁することが先決なのです。そして常にセカンドを狙う。とにかく塁に出て進まなければホームベースに戻ってきて得点するという成果が生まれません。

シリコンバレーとは、とにかくなりふり構わず出塁して、すぐサードぐらいまで爆走するような人ばかりいるところです。一握りのメジャー級アントレプレナーを除けば、こちらでも数多のベンチャー企業の発想力や技術力は巷で思われているほど上等でもなければ大差があるわけではありません。大したことがないはずなのにその後に世に出て成功する事例も多数あります。それから推し量ると、世の中では想像以上に誰にでも爆走するチャンスが与えられているようです。日本からはGoogleやFacebookなどの世界的巨人しか見えませんが、それは自分たちがいる次元と異なる世界レベルでの覇者であって、まだ数人で始めるようなステージにいるスタートアップの大半は、将来プロになる夢を持つとしてもまだ、ただの野球少年なのでしょう。

私が直面した爆走例の1つは、初めて住まいを借りる時に遭遇したものです。こちらは日本と違って不動産仲介業者を使わず、直接大家と交渉するのが当たり前。地域に日本語を話すエージェントはいますが、「不動産情報を入手するにはここのサイトを調べて直接交渉するのが普通」と周りから言われました。それはIT史の中でも、ものすごく有名なクレイグスリスト(https://sfbay.craigslist.org/search/apa)というWebサイトです。日本では名前だけ知っていて見たことないという人が多いでしょう。ぜひいちど実際に覗いてみてください。私が初めて見た時は自分のブラウザが壊れてデザインをきちんと読み込めていないのではないかと目を疑いました。20年前のブラウザ画面を見るような割り切った作りのサイトです。正確に評すると彼らはすでにビジネスの世界ではプロ級の大巨人です。野球少年と比べものにならない存在なのですが、それでもおそらく初期に爆走したままの姿を今に留めながらサービスを提供し続けているところにどこか親しみを覚えます。

ロールモデルとなる

サイオスグループは、喜多社長が語るように、IT業界においてインフルエンサーとなり得るポジションを目指しています。そのためには、これまでの成功にとどまることなく、将来にわたって新規の事業を次々と生み出せるようにならなければ、あるいは、そうした人材を輩出し続けるプラットフォームとしての企業にならなければその到達は叶わないと思っています。

そのために、私ができることは、社内において事業創造を量産化するためのメソドロジーやマインドセット、リソースを補給する経営システム、賞罰を含む待遇面の制度設計、言い換えると勝利の方程式を模索し、類例を作ることです。自らが先発隊となり、反面教師でもよいからこれからの参考になるチャレンジを続けていかなければなりません。BayPOS、もしくはGlabioにおいても、どんどん新たな試みを行いたいと考えています。コツコツ結果を出しながらも、常に飛躍を期して積極的な試行錯誤を続ける必要があるでしょう。

一方でビジネスチャンスとは、他の人が「やりたがらないこと」「できないこと」「思いつかないこと」のいずれかにあると私は常々考えています。とはいえ、人が思いつかないことは私にもそう容易には思いつかない。ならば他の人ができないことで自分ができることを発見する。ただ他の人ができないことはやっぱり自分にも難しいかもしれない。そこで、いよいよ人がやりたがらないけど自分がやりたいことを見つければいいのです。

先述したクレイグスリストは、このいずれの段階で出てきたアイディアか詳しくは存じません。ただ、どんなきっかけであったとしてもサービスを形にして世に出し、そこで社会的な課題を解決したい、といった周りを動かすだけの熱量をどれだけ持てるのか、そこがカギになると思います。もちろん、ソフトウェアを作るためのプログラミングなどの技術は最低限必要です。何か見えるものにしていないと、投資家や事業パートナーの関心を引き寄せられません。しかしそれはあくまで十分条件です。やはり世に出すことが重要で、それはITとは直結しない気持ちと姿勢の世界です。

私の中にはある意味、楽観している部分があります。日本を含めて、シリコンバレーといえどもこの社会は思っているほど成熟していない。まだまだやれることは山ほどあると信じています。私は40を過ぎ、エンジニアとしては10年近く退場していた身ですがまだ立ち止まるわけにはいきません。アイディアを出し、プレゼンテーションし、チームを作り、プロデューサーとして資金を集め、ビジョン・方向性を示し、オリエンテーションを繰り返し、メンバーのモチベーションを鼓舞する。そういった役は人生で何度も巡ってくるものだとは思っていませんし、その点で私は、まずグループからの期待を受け、ファーストまで出塁させてもらいました。最近では再びコードを書くようにもなっています。

今回は打席に立つ側であった私も、いずれは「よし、やってみろよ」とアイディアに目を輝かしている人材の背中を押してあげたい。夢の一つは、将来そういった情熱を持った人材のロールモデルとされるようになり、メンターたりえるようになることです。ただ、それはこの米国での挑戦の先です。私自身がまずビジネスの鉱脈を掘り当てて成功させていかなければ、説得力がありませんから。


栗原 傑享 (Masataka Kurihara)

1972年、札幌生まれ。SIに携わる傍らNifty Serve Delphi Users' Forumの企画からITコミュニティ活動に参加、その後NPO法人Seasarファウンデーションを設立する。OSS製品であるMayaa開発者。現在は自らが創業して以来15年経営した株式会社グルージェントから退き、シリコンバレーに引っ越してGlabio, Inc. President & CEOのほか、SIOS Technology, Corp. DirectorおよびBayPOS, Inc. CTO & CFO。

関連ページ: 出塁したらすかさずセカンドを狙え 〔前編〕『BayPOSでの挑戦』

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